辻立ちのビラでも「6.19福岡大空襲」を!

平和で豊か

はじめに

 現在、隔週で辻立ちのビラは新しい記事を配っています。

 なのでけっこう早いペースで

かわの
かわの

 新しい記事、何にしよう?

って感じになります(^_^;)

 さて、先週の月曜日(2023/06/19)も、新しい内容の記事を配る予定でした。

 6月19日は市議会で生まれて初めての一般質問をする日でもあったので、そのことを記事に書きかけていたのですが…。

 ふと

かわの
かわの

 いやいや、「6.19ろくてんいちきゅう」って福岡にとっては反戦平和の節目の日やないか~い(髭男爵の山田ルイ53世風に)。

サンミュージック タレントリストより引用

 先生時代はこの日にはこだわって「福岡大空襲」のことを帰りの会で話したり、学級通信等で書いてたし!

 ここは辻立ちのビラ(後援会だより「かわので変わろう!」)でも、反戦平和の記事を書こうっと(^^)

 

って思い、実行しました。

かわので変わろう!No.12

6.19(ろくてんいちきゅう)福岡大空襲

 78年前(1945年)の6月19日深夜23時11分、博多の町は空襲を受けました。

 福岡大空襲です。

かわの
かわの

 想像してみましょう。

 あなたが今日の夜眠って、夜中にふと目が覚めると78年前にタイムスリップしていたとしたら…。
 そして目が覚めた場所が博多の町だったとしたら…。

火の雨が降った

 下の写真は福岡大空襲の際、撮られた写真で、雨のように降り注ぐ焼夷弾しょういだんを写したものです。

火の雨となって落下する無数の焼夷弾

※焼夷弾…アメリカ軍が、日本の木造の家を効果的に焼き払うために開発した爆弾

 福岡大空襲では約2時間で1525トンもの焼夷弾が投下されました。

かわの
かわの

 雨のように焼夷弾が降る中を、タイムスリップしたあなたはどうやって逃げ回りますか?

かわの
かわの

 タイムスリップって想像だけならいいのですが…。

 78年前は現実のできごとだったのです。

 被害は

  • 死者数902人
  • 重傷者数586人
  • 軽傷者数492人
  • 行方不明者数244人
  • 焼けてしまった家1万2693戸

となっています。

体験談

かわの
かわの

 私が先生時代、保護者から福岡大空襲のことを教えていただいたことがあります。

 終戦の年は国民学校2年で、疎開先の糟屋郡勝田町の学校で終戦の放送を聞き、親戚の2学年上の子と「将来日本はどうなるのだろう」と語り合ったことを覚えています。

 私自身、父をビルマ戦線で失い、戦争の被害を受けています。

 当時、福岡市の箱崎に住んでいましたが、空襲が激しくなるにつれ、国の命令で天井板を外し、床下に防空壕を掘るなどしました。

 福岡大空襲では、幸い被弾はありませんでしたが、一晩中焼夷弾の音、火事でビルの壊れる音などが箱崎までこだましました。

 2日後、イモの買い出しの為、被災地区を通りましたが、あたり一面ガレキの山と、折り重なる死体を見て悲しくなったのを覚えています。

 食料もなく、いもがゆがあればいいほうで、あらゆる茸をつんできては食べたり、海岸で1升ビンに海水をくみ取り、その海水をしょうゆ、塩代わりに使って料理をしていました。

 すべて国の命令一下で、

  • 生活が破壊され、
  • 家庭が破壊され、
  • 国が破壊されて、
  • 自由が失われる

戦争は、二度とくり返してはならないと思います

おわりに

 上記のビラ「かわので変わろう!No.12」を配り始めた6月19日は月曜日でした。

 月曜日は自宅近所の交差点で、登校途中の小中学生に声をかけつつ、そこを通る大人の人にビラを配布しています。

 ただ、「かわので変わろう!No.9」の「こどもの日記念、パラドックスクイズ」辺りから、登校中の小中学生が新記事の配布を心待ちにしてくれるようになりました(^^)

 6月19日は、寄ってきてくれる子どもたちに

かわの
かわの

 新しい記事です(^^)

 今日は6月19日だから「6.19ろくてんいちきゅう福岡大空襲」のことを書いています(^_^)

と言いながら記事を渡すと

 今日の道徳で、先生がお話してくれるって言ってた(^^)

とのこと。

かわの
かわの

 すてきな先生やねぇ。

 「だんだんと戦争のことを教えてくれる先生が減ってる」って聞くよ。

 しっかり習っておいでね~。

 は~い(^o^)

かわの
かわの

 「教師とマスコミが戦意高揚の側に回ってしまった過去」の反省を、自分は今の若い先生たちにどれだけ伝えられたかなぁ…

と自問自答しながら、登校していく子どもたちの背中を見送りました(>_<)

詩「戦死せる教え児よ」

 そこで、私が若い頃読んで、反戦平和の思いを強く抱くきっかけになった詩を紹介します。

戦死せる教え児よ 竹本源治

 いてかえらぬ教え児よ

 私の手は血まみれだ!

 君をくびつたその綱の

 はしを私も持つていた

 しかも人の子の師の名において

 嗚呼ああ!

 「お互いにだまされていた」

 の言訳が

 なんでできよう

 慚愧ざんき 悔恨かいこん 懺悔ざんげを重ねても

 それがなんの償いになろう

 つた君はもう還らない

 今ぞ私は汚濁の手をすすぎ

 涙をはらつて君の墓標に誓う

 「繰り返さぬぞ絶対に!」

学級通信・学年通信等で伝えた「福岡大空襲」

 私が教員時代に書いた学級通信などを紹介しているブログ「もへちゃん先生の学級通信」の中に「福岡大空襲」のことを書いた記事はけっこうあります。

 興味ある方は下をクリックして入ってみてくださいm(_ _)m

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